まるまる新聞     5号

まるまる新聞

人類が魚を食べるようになったのはいつ?

魚を食べる珍しい霊長類

私たち人間は霊長類の仲間です。霊長類で魚を食べるのは、人間だけです。霊長類は木の上で進化してきました。そのため、そもそも水中の生き物のことをあまり知りません。
そのためサルが魚を食べないのは不思議ではありません。
人間は魚のように手の届かないところに要る生き物のことを考えることのできる珍しい霊長類なのです。

世界の魚食の歴史

人類が魚を食べ始めたのは10数万年前のことだったようです。ただし、自分たちで魚を捕まえて食べたのか、浜に打ち上げられていた魚を食べたのかはっきりとは分かっていません。
ヨーロッパでは、1万8000年前ごろから魚突きが盛んに行われるようになりました。
銛という魚を突き刺すための道具が発明されたのです。
アジアのティモール島では、4万2000年も前から海に出て小型のマグロを捕らえていました。そして2万年前ごろまでに釣り針が発明されました。見えない場所にいる魚を捕まえられるようになったのです。
昔の釣り針の材料には骨や貝殻、森の材料には鹿の角などが使われました。

冷蔵庫がない時代

冷蔵庫などない時代は魚はあっという間に腐ってしまいました。そこで人々は、干物や燻製、塩漬けなどの現在も利用されている加工法をあみ出し、長期保存をできるようにしました。

練りもの

現在のトルコ周辺では5000年前に、魚の身をすり潰す調理法(練り物)が使われるようになりました。

魚食が古くから続く場所

地中海沿岸の国々では魚食の歴史が長く、古代ギリシアやローマでは大量の魚を食べていました。一般的に食べていた魚はイワシやニシンでしたが、マグロやカツオ、カキ、カニ、エビ、クラゲ、チョウザメ、イカ、タコなども食べていました。

養殖の始まり

古代ローマでは魚の養殖も始まり、8~9世紀頃には、養殖池があちこちに作られていました。キリスト教における断食日は、肉を絶ち魚を食べる日であったことから、各地の修道院でも敷地内の貯水池で様々な魚を育てていました。最も養殖されていた魚は、生命力が強く、移動時に腐りにくいことで知られる鯉でした。

日本の魚食の歴史

日本は、一人当たりの年間魚介類消費量は世界一の国です。海に囲まれた日本では、魚食の歴史は古く、東京・大森の縄文時代の地層から貝塚が発掘され、当時の人々が貝やアジ、マダイを食べていたことが分かりました。都が京都から海に近い東京に移ってからは、独特な魚食文化が生まれました。

魚食文化への変化

沿岸部では魚食が主流でしたが、日本は元々農耕民族の国でした。主に食事は米や野菜でしたが、大きく魚食文化が加わったのは、都が東京に移った江戸時代からです。
東京湾でとれた魚介類による寿司や天ぷら、鰻のかばやきなどの料理が次々と生まれ、消費者が増えるとともに、海鮮物に関わる業種や職人も増えていきました。
魚食が一般的になるにつれ、加工や保存法などもどんどん発達していきました。

魚離れ

現在の日本では若年層を中心に魚離れが進んでいます。

家庭の食事に洋食が増えてきたことも理由の一つですが、魚は小骨が多く食べにくいことが原因のようです。
実際に魚の切り身の消費量は比較的多いものの、魚を丸一匹使った料理が食卓に上ることが少なくなってきました。
地域ごとに様々な魚食文化がある、日本の伝統的な魚料理を、絶えることなく次世代へつなげていくことが、日本の漁業と魚食文化を守るために重要となります

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